2022.01.20
古墳から現代に至る豊かさを実感 ~能美ふるさとミュージアム訪問記
#現地訪問「能美(のみ)市は古墳が多く、当館の周辺だけでも60基以上確認されているんですよ」「したがって、当館の大きな見どころも、甲冑のコレクションなんです」
石川県の南部に位置し、あの九谷焼の産地の一角としても名高く、近年まで堅調に増加してきた人口推移から暮らしやすさも見えてくるまち。それだけに、見学の直前にうかがった学芸員の解説には、ちょっとした違和感を覚えました。古墳の密集地であることは分かるのですが、甲冑って、旧家の蔵などで見つかったりする戦国武将の鎧兜の? 前後がつながってなくないですか?
学芸員が断言するからには「納得の理由があるのだろう」と反射的に予想できますが、個人的には、こうした小さな疑問の解決もミュージアム体験の焦点だったりします。すっきりと腑に落ちて、知識だけでなく視野まで広がる瞬間は、ミステリー小説の謎解きのような爽快感を覚えるんですよね。
というわけで、今回は能美ふるさとミュージアムにお邪魔しています。打ち合わせが終わった後の短い時間を使って駆け足での観賞、小さな謎を小脇に抱えて、ひとり「テーマ展示室」へ。こちらのミュージアムは、自然史と歴史・民俗の展示間を行き来しやすいレイアウトが大きな特徴となっています。ここでは、分かりやすく写真でご説明しましょう。
一般に、総合博物館では、どちらかと言えば自然系と人文系の展示を明確に分けるのが主流かと思います。ところが、このミュージアムでは、正面に立つとご覧のように2列に並んだような空間構成となっているのです。言うまでもなく、自然環境が地域の暮らしに及ぼす影響は小さくありませんので、それに合わせて身体も思考もシームレスに乗り入れられる動線となっているのですね。展示同士を繋げて学ぶための工夫に感心しつつ、歩を進めます。
では、向かって右手の考古・歴史サイドから見学することにしましょう。旧石器から弥生時代の展示では、土器や石器がズラリ。映像や模型も効果的に活用しながら、往時の様子を偲ばせる展示が続きます。
さて、冒頭でご紹介した「今回の疑問」は、古墳と甲冑がどう関係しているのか…でしたね。館の展示のハイライトである古墳時代のコーナーに辿り着くと、先ほど聞いた学芸員の解説が脳裏に蘇ります。「恐らくイメージなさっている甲冑とは、見た感じがずいぶん違います。ご覧になれば、ひと目でお分かりになりますよ」
ここまで持ち歩いてきた「?」が、小気味よい音を立ててポンと弾ける瞬間がやって来ました。これぞミュージアムの醍醐味。
あ〜、甲冑と言っても、戦国時代の武将や江戸時代の大名が身につけていたような豪華で勇ましいものではないのですね。ほとんど装飾がなく、シンプルに「防具」と言った方がイメージに合うかも。でも、これは紛れもなく古墳時代、つまり1500年ほど前の「甲冑」なのです。
それにしても、どうですか、この保存状態! 展示のうち、ふたつは隣り合わせに見つかったそうで、学芸員によれば「武人の兄弟が埋葬された際の副葬品かもしれません」とのこと。古墳と言えば、鏡や櫛などが一緒に発掘されるシーンを思い浮かべますが、「その組み合わせなら巫女では」と、副葬品からは埋葬された人の立場や職業などが見えてくるのだとか。イマジネーションを刺激される古代の浪漫、最近の古墳ブームにも納得です。
それにしても、展示がかっこいいですね! 4体が整列するように置かれているのですが、正面から見ると、ちょっとした異世界感も味わえたりして。アーティストの方なら、この展示方法からもインスピレーションを得て、創意が迸るのではないでしょうか。
素晴らしいのは、古墳時代の展示だけではありません。こちらは、石川県指定文化財の『絹本著色白山曼荼羅図』を所蔵しており、掛け軸3幅に描かれた貴重な作品を1枚につなげた複製が展示されています。地名が短冊型に書き込まれていて、参詣曼荼羅として絵解きに使用されたと言われているそうです。
解説パネルによると、白山開山の僧泰澄の伝説や女人禁制にまつわる話など、いくつもの物語が描かれているのだとか。描かれている白山も雄大なら、作品のサイズも天地は159.5cm、左右は81.0cm×3幅で240cm超という堂々たるスケール。複製ながら迫力たっぷりです。
展示は江戸時代から昭和、すなわち「能美電が走っていた時代」へと進みます。能美電とは、大正14年(1925年)に開通し、昭和55年(1980年)に廃線となるまで、辰口・寺井・根上の旧3町を繋いでいた能美電気鉄道のこと。鉄道ファン垂涎の資料が並びますが、根上町と言えば元メジャーリーガーの松井秀喜さんの故郷としても有名ですよね。彼が小学校に上がる頃に廃線を迎えた計算になりますので、もしかしたらかつての勇姿をご記憶かもしれませんね。
一番奥の展示室は、「電化製品が広まる前の暮らし」がテーマ。自分が幼い頃に親しんだ算盤は、もう博物館の資料なんだなあ…と複雑な思いを噛みしめながら眺めていると、先ほどとは別の学芸員の姿が。どうやら業務で移動していた資料を所定の場所に戻しに来られたようです。そう、この展示室は一部収蔵庫を兼ねているのですね。なるほど、それならびっしりと並んでいる様子にも納得ですが、逆にバックヤードを垣間見るような空間なので、ミュージアム好きにはむしろ目の保養かも。
いかがでしたでしょうか。個人的には、「1500年前の甲冑」では疑問がスッキリ解決したことに加え、知らず知らずのうちに甲冑=戦国時代という固定観念を抱いていたことに気付きました。小さなことではありますが、この「小さな驚き」と「小さな解決」の体験こそがミュージアムの楽しさのひとつ。
古墳時代から能美電時代、そして現代へと続く能美という土地の「縦糸」を見るようで、スキマ時間の強行軍にしては満足感の高い展示観賞。地域の人々が寄せ合う想いは、館のエントランスでも実感することができました。子どもたちを温かく迎えるクリスマスツリーに、その左手には「のみっけ」と名付けられたキッズミュージアム。幼い頃から遊びながら地元愛を育む場、まさに「ふるさとミュージアム」という名称がぴたりとマッチする博物館でした。
取材協力
能美ふるさとミュージアム 鎌田 康平さん
https://www.city.nomi.ishikawa.jp/www/genre/1000100000265/