代表ブログ

わせだマンのよりみち日記

2021.08.18

先人は知恵に満ちていて、謙虚だ。 ~奈良県立民俗博物館

#現地訪問

SDGsという言葉があちこちで飛び交うようになった昨今、「環境保護」や「持続可能性」は次世代ライフのキーワードですが、新たな時代を切り開くと言うよりも、むしろ先人の知恵にこそ学ぶべきとお感じの方も多いはず。中でも、歴史民俗系の博物館は、もはや尊敬の眼差しを向けるしかないようなヒントの宝庫です。というわけで、今回は敬意の気持ちに包まれたミュージアム体験を紹介します。

訪れたのは、奈良県立民俗博物館。お二人の学芸員にご案内いただきながらの常設展示の見学は、まずは四季と暮らしをテーマにしたゾーンから始まります。春に各地で行われる水口祭(みなくちさい)は今も続く稲作儀礼ですが、水口とは「水の入り口」とのこと。こちらの種籾まきの写真では、上部に壁が途切れている部分がありますが、これが水口なのだそうです。入ってくる水を清めて、農村の1年の無事を祈るわけですね。

雨が比較的少ないという奈良盆地では、貴重な水を有効に使うためにさまざまな技術が発展しました。低い水路から高い田畑へと水を揚げる水車などもそのひとつ。展示を見てメカニズムを理解できましたが、これは結構な体力が要りそうです。

やはり水の恵みを祈る祭りが盛んなようで、脇のパネルには二つの祭事についての説明がありました。左の写真は、水の化身とされる蛇を巻き付けて村を回る「蛇巻き」。蛇を模した藁は相当な重さで、男子が17歳になった時に担ぎ手になるそうです。この重さに耐えることで、少年から青年へと成長する儀式のような意味合いもあったのだとか。現在は少子化や過疎の影響で担い手が減ってしまいましたが、年齢の幅を広げた上で観光資源として継続しているそうです。

右側の写真には、松明を持って歩く人々の姿が写っています。これは、明かりに集まってくる虫の習性を利用して松明でおびき寄せ、そのまま山へと送り出す「虫送り」。要するに、「作物を荒らす害虫を何とかしたい」わけですが、学芸員の解説によれば、「駆除ではなく供養という考え方なのだと思います」とのこと。殺生ではなく別の場所に連れていくという発想は、現代の動物愛護の精神も顔負けの温かさ、スマートさですよね。

続いての写真は、右の展示にご注目を。こちらは、祭事のための御仮屋です。その年の当番にあたる家を当屋・頭屋(とうや)として、神社から神様をお迎えするための仮のお社にするのですね。

いろいろなものが吊るされているこちらの竹も、御仮屋のひとつです。奈良県桜井市高田で行われている「いのこ祭り」で使われているもので、吊るされているのは木や竹で作られた農具や生活用具の作り物。当日は、近所の子どたちがもぎ取りながら大暴れして、御仮屋も壊してしまうのだとか。

旧暦10月の最初の亥の日(亥の子)に行う秋の収穫祭は各地で行われますが、子どもが暴れるのはこの地ならではの特徴だそうです。学芸員によれば、同じテーマでも地域によって景色がまったくことなるのも民俗学の面白さ。中世から神仏習合が進んだ奈良は、時代ごとの風習が散らばりながらも残っているそうで、「時代が横倒しになっている」とのこと。この地には特定の時代の、別の地には別の時代の習わしが根付いていて、一見するとバラバラなのに掘り下げていくと見事に繋がる。学芸員の話しぶりに耳を傾けていると、なるほど、民俗学の面白さの一端が垣間見えます。

四季にまつわる展示の次は、川と人の関わりがテーマ。雨が少ないだけでなく、海にも面していない奈良ですから、川の大切さは想像できるところ。奈良盆地では、小さな流れは大和川に集まりますが、大阪平野へと至るには山間部を抜けなければなりません。そんなわけで、眼にも美しい渓谷が形成されている一方で、地滑りが起きると洪水が頻発。写真の船は、水害時の避難用として造られたものだそうです。

水と言えば、大和郡山市は金魚養殖地のルーツとして知られていますね。雨が少ないことから農業用の溜め池が多く、最大時で13,000か所、現在でも6,000か所はあるそうです。地域の名声を押し上げた金魚の養殖は、この溜め池の二次利用として始まったものだとか。もともとは明治維新後の旧藩士たちの副業だったそうで、鉄道網の発展で大阪や名古屋などの大都市へと販路が拡大し、産業として発展していきました。

下の写真は、出荷用の「重ね桶」。これのおかげで、貨物車両に乗せた金魚たちを窒息させることなく、新天地へと送り出すことができたわけですね。

奈良県の中南部と言えば、林業が盛んなエリア。「吉野杉」「吉野桧」はあまりにも有名ですね。こちらの写真は「木馬(きんま)出し」という木製のそりを使った運搬法。はしご状に丸太を組んだ木馬道を作り、切り出した木材を山中から運んだそうです。熟練の職人技に加えて、大変な体力を要する作業だったのでしょう。現在ではヘリを使っているそうです。

木馬出しで山から降ろされた木材は、今度は「筏(いかだ)流し」という方法で川を伝って下流の集積地まで運ばれます。大きな木材をやっとの思いで急峻な山から降ろしたら、次は水流に乗せての移動。人手が足りないどころか、牛馬の力に頼ることもできなかった山間部の林業は、人の知恵によって発展したのですね。

吉野の杉や桧は節が少なく、樽を作るのに向いているそうです。輸送技術が確立してからは、吉野地方は灘・伏見の酒樽の生産地として急速に栄えていきます。先ほどの金魚もそうですが、産業にとって物流システムがいかに重要となるかがよく分かります。

 

最後に、少し毛色が違いますが、この時期は特に美味しい素麺について。三輪素麺で有名な奈良県桜井市は素麺発祥の地と言われ、その歴史は何と約1200年前まで遡れるそうです。あの素晴らしい食感は、包丁を使わず、麺をひねりながら細く伸ばしていく手延べ製法の賜物。かつては小規模な事業所も多く、天日干しが冬の風物となっていたようですが、近年は衛生管理の観点から一定の設備が求められ、事業の継続が困難になる業者も少なくないとか。前述の祭礼や特産品の話題でも感じることですが、人々の暮らしと想いが次代に継承されることを願うばかりです。

ということで、好奇心も満腹状態の盛りだくさんな見学。恵みだけでなく脅威にもたらす自然と真っ正面から向き合い、困難を乗り切るために知恵を絞る。この種の展示では人々の強さや賢さにいつも感銘を受けますが、今回は祭礼にまつわる学びが多かったからか、特に自然に対する敬意と感謝の念を強く感じました。

先日のブログで紹介した國學院大學博物館の見学もそうでしたが、このところ民俗系の展示をとても興味深く楽しめる自分がいます。先人たちの謙虚さや精神の豊かさ、地域性による相違点と日本人としての共通点を発見するたびに、その時代、その地域の人々の想いが心に流れ込んでくるような。だから博物館巡りはやめられないのです。

 


 

取材協力 奈良県立民俗博物館(http://www.pref.nara.jp/1508.htm

主任学芸員 横山 浩子 様

学芸係長  溝邊 悠介 様