2021.07.14
15年ぶり、感動の再会。~高橋まゆみ人形館
#現地訪問あれは、今から15年も前のこと。駆け出し社長として七転八倒の日々を送っていた私は、入間市博物館で開催されていたとある展覧会を観て感激しました。タイトルは『高橋まゆみ 創作人形展「ふるさとからの贈り物」』。リアルな表情のおじいちゃん、おばあちゃんたちに「まあ、人生は長いから」「焦らず、ゆっくり歩みなさいな」と励まされたような気分で、疲れがすっと和らいだことを覚えています。今回は、あの優しい笑顔のおじいちゃん、おばあちゃんたちと15年ぶりの再会。長野県飯山市の高橋まゆみ人形館への訪問が決まった日から指折り数えるように待ち侘びて、ついにその日を迎えました。
打ち合わせを終えたら、お待ちかねの見学です。この日は大変ありがたいことに、副支配人の解説付き。しかも、本来は撮影禁止のところ、特別な許可をいただきました。撮りためた写真を家族に見せると、拡大したり引いて見たり…と、みんな目を丸くして感心しきり。ただ、実物を前に顔を近づけ、細かな表情までじっくりと観察して得たあの感動を、写真で伝えるのは極めて困難。ということで、ここでは厳選の上での鑑賞報告となります。
この日、最も印象に残ったのは、こちらの作品です。おばあちゃん、お嫁さん、お孫さんの3人。鑑賞者には背中を向けていますが、これには理由があります。実は、高橋先生が実際に見かけた3人がモデルで、その後ろ姿にインスピレーションを受けて制作した作品なのだそうです。ちなみに、この貴重なお話をご披露くださった副支配人は、何とその場に居合わせておられたとのこと。まさに実体験ということで、臨場感たっぷりの解説にも納得です。
おばあちゃんの温かな表情もさることながら、目線にご注目ください。お孫さんと目を合わせていて、今にも声が聞こえてきそうなリアリティ。慈しみと信頼の心、互いの気持ちがそのまま伝わってくるベストショットです。
子どもと大人、つないだ手の違いの表現も素晴らしいです。実は、おばあちゃんの手は高橋先生の作品の大きな特徴でもあります。農作業に従事するお年寄りたちの手は、少しごつごつした感じに作られています。作品の舞台の多くは、先生がお住まいの北信濃。厳しい自然環境下での農作業ですから、当然、人々の手は力強さを湛えることになります。それがよく分かるのが、次の作品です。
副支配人の解説は、驚くべきお話が続きます。手の雄弁さにご注目いただいたら、次は人形が身に付けている衣類をご覧ください。これらは、手芸店などで調達した制作用の生地ではなく、実際に長く着こまれた古着から取られた布が使われているとのこと。この生き生きとした姿は、まさに「本物」なのです。
そして、何よりも愛おしいのが、彼らの表情です。この笑顔を見ていると、小さな悩みなら吹き飛んでしまいそうな気がしませんか? 夫婦も長く連れ添うと互いに似てくると聞きますが、まるで双子のようにも見えますね。そう思いつつ人形の手前を見ると、「似たものどうし」で始まる言葉が。今回の展覧会は「想いを紡ぐ 言の葉」というタイトルが付けられている通り、書かれているのは高橋先生ご自身の言葉だそうです。副支配人によると、コロナ禍で日常が大きく変わり、人々が不安や困難に直面するこんな時だからこそ、人形作家 高橋まゆみが人形に添えた温かく優しい言の葉に着目し、この企画展の開催に至ったとのこと。温かみに溢れた言葉の数々は、人形の表情と共に来館者すべてに届いていると思います。
言葉の力は、こちらの作品でも実感します。布を抱きしめる女性と、その横に添えられた「想い」。新しい布が貴重だった時代、生まれた子どもの産着を作るために古い布をもらい集めて縫い合わせたという、子を想う母のエピソードが綴られています。表情、姿勢、そして仕草。言葉を読み終え、噛みしめて目を戻した瞬間、すべてが胸に迫ってきました。
こうして数点を追うだけでも、高橋先生の作品には常に「人を想う気持ち」が宿っていることに改めて気付かされます。祖母から孫、夫から妻、妻から夫、母から子。すべての人形の「動作」の隅々に「人への愛」が溢れています。15年前、日々の仕事に汲々としていた私を癒してくれたのは、まさにこの優しさだったのです。
ジオラマ作品を見ると、高橋先生の想いはもはや空間全体に満ち溢れているようにも感じます。手前のおばあちゃんは豆たたきをしながら孫の話を聞いていますが、かつてのこうした日常風景も、都会に住む私たちにとっては逆に憧れても手に入らない非日常になってしまいましたね。家族と話している時間よりもスマホを覗いている時間の方が長いのでは…と気付き、苦笑いするしかありません。
新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、社会の分断が加速しているかのような昨今。最近ではネット空間も殺伐とした空気が蔓延し、いまやSNSは口論や中傷が渦巻いているようにも見えます。しかし、ここ、高橋まゆみ人形館にいる「人々」は、いつも無垢な笑顔を振りまいています。それぞれに愛情を抱えた人形たちに会えば、きっと心の中に小さな幸せが灯るはず。特に、15年前の私のように毎日にお疲れ気味の方は、ぜひお出かけをお勧めします。
とは言え、人の笑顔を願うなら、まずは自分と身の回りから。というわけで、当日に購入した図録を会社の休憩スペースに設置し、仕事に戻る私でした。
高橋まゆみ人形館 https://www.ningyoukan.net/
取材協力:副支配人 高橋三奈子様
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