2021.06.23
頑張るからこそ、「頑張っている」評価が得られなくなる?
#私的考察もう十数年も前の出来事です。その日、私は政府系金融機関の窓口を訪ねていました。いくつか用意されている席はパーティションで仕切られていたのですが、隣の方の地声が大きいのか、ところどころ漏れ聞こえてきます。同じく融資の相談で訪れた中小企業の経営者でしょうから、聞くべきではないことは分かっているのですが、耳を塞ぐわけにもいかず。
「そこをなんとか、お願いできませんか?」
声の印象から、かなりのご高齢。事情は分かりませんが、融資不可という結論に抗っておられるようです。同じ経営者として大先輩の苦境は見るに忍びなく、働き盛りのひとりの大人としても同席して一緒に頭を下げたくなるほど辛い場面。しかしながら、昔は銀行で相談カウンターの向こう側にいた経験がある身としては、嫌と言うほど、骨身に染みて知っています。「金融機関が一度下した融資判断を簡単に覆すことはない」と。
言葉は聞こえずとも伝わってくる語調、押し問答のような雰囲気から察するに、交渉は難航を極めている様子。ただ、このご年齢まで会社を存続してこられたのであれば、おそらくはよい経営資源をお持ちなのでしょう。だとすれば、せめて結論が出る前であれば、もう少し有利に交渉できた可能性もゼロではなかったかも知れません。と言うのも、金融機関の融資担当と言えば今やAIに代替されそうな業務の筆頭株で、とにかく数字一辺倒の冷血漢(失礼)のように思われがちですが、とは言っても血の通った人間で、しかもまさに融資することが仕事なのですから。熱意ある社長さんにはできれば貸したい、そのためには貸せるだけの理由=必ず返済できるという根拠が欲しいというのが、彼らの本音なのです。
たとえば、資金力に乏しい同業の会社が2社あるとしましょう。商品力や業績、財務内容などを総合した評点は、10点満点でそれぞれ7点と8点。数字だけなら後者が有利に見えますが、経理部長の業績予測を描く腕と資料づくりの頑張り次第では、前者が先に融資の決定を受けられることもあります。商品やサービスの力では劣っても、いわゆる「銀行交渉力」が生き残る力のひとつとなり得るのですね。
この種の話は、どの業界でも同じでしょう。もちろん、ミュージアムの世界でもよく耳にします。頑張っているならお金を出すが、そうでなければ出さない。一見は当然のように見えますが、「頑張っている」という表現が何を指しているのか次第で、話は大きく変わります。
補助金や助成金の類を申請する場であれば、頑張るべきものは「対象事業の計画」そのものとなります。その事業に取り組む意義を述べ、緻密な予算を組み、金額に相応しい成果が得られることを論理的に説明し、認められれば予算化される。このプロセス自体はまったく正当なもので、疑問を差し挟む余地はありません。
しかしながら、日頃からデスクに座る時間もないくらいに忙殺されているミュージアム関係者は、私たちが想像する以上に多いのが現状です。彼らは展覧会やイベントを企画し、問い合わせに対応し、それから資料を管理し、調査する。そういういつもの学芸業務、館運営業務に励んでいます。職員数など館の事情によってはこうした「日々の業務」も見た目以上に大変ですので、受け流すことなく真っ正面から「頑張る」ほど、新規事業に対する込み入った申請資料を作成する労力を確保できなくなるのです。
今般のコロナ禍で非接触社会への対応は待ったなしとなりましたが、その直前まで、特に市町村立規模のミュージアムは「デジタル活用が遅れている」という指摘に晒されることもありました。もちろん改善すべき課題ではあるものの、中小規模館の現実を知れば、それも当然と言わざるを得なくなります。人員不足が深刻化・慢性化し、「こなして当たり前」の日常業務さえ「懸命に頑張らないとできない」のが、多くの館の実情なのですから。
中小企業の資金調達、中小規模館の予算確保。組織の存続においては何よりも重要な課題であるはずが、現場業務に「頑張る」ほど対策に時間を割けず「頑張っている」との評価が得られなくなる。外からはなかなか見えづらい部分ですが、難しい問題です。