ミュージアムIT ケーススタディ

ミュージアムレポート

福島県いわき市のいわき震災伝承みらい館では、東日本大震災の関連資料を「震災アーカイブ検索」としてオンラインで一般公開しています。その一方で、同館が保管する多数の津波遺留品については、令和4年11月から館内のみでデータベースの公開が始まりました。 I.B.MUSEUM SaaS の「ふたつの公開機能」を利用したものですが、インターネット公開と館内での限定公開、 同じ震災関連資料をまったく性質の異なるデータベースとして運用しているのはなぜなのか。今回は、同館の坂本 美穂子さんにお話をうかがいました。

津波遺留品返還事業とは

東日本大震災では、津波によって多数の尊い命が失われたとともに、大量の家財道具が住まいごと押し流されました。その後、いわゆるガレキ撤去作業等の中で多くの品々が回収されましたが、その中には写真や位牌など、持ち主が分からなくてもご本人やご家族にとっては他に代えがたい価値を持つものが多数含まれています。

これらは、津波遺留品と呼ばれています。国は「ほかの災害廃棄物と一律に処分せず、所有者らに引き渡す機会を設けてほしい」という主旨の指針を定めており、今も被災自治体の多くが膨大な数の品を保管しています。しかし、あれから10年以上が経過した現在、保管場所などの問題も深刻になってきたことから、泣く泣く返還事業を終了する自治体が目立ち始めました。すべてを永久に保管するのが困難であることは容易に想像できますが、ここに来て、そろそろ限界に達した自治体が増えてきたのです。

そんな中、津波遺留品をデータベース化して来館者に情報を提供するという取り組みを開始した館も。それが、今回お話をうかがった福島県いわき市のいわき震災伝承みらい館です。

福島県いわき市の津波遺留品返還事業

令和4年8月、いわき市が実施した「思い出の品(津波遺留品)展示・返還事業」には、121名の方々が来場されました。写真やアルバム、位牌のほかバッグ、トロフィー、カメラ、賞状、書籍などが陳列されましたが、うち41点が持ち主のもとに返還されたそうです。10年越しの再会を果たした方々の想いは、察するに余りあります。

会場では、実物を見て自分のものであるかどうかを確認できました。しかし、それぞれのご事情で会場に足を運ぶことができなかった方々は、ご自身の思い出の品を探す方法がありません。そこで、引き続き津波遺留品を保管しつつ、いつでも探すことができるよう専用のデータベースが公開されることになったのです。

ふたつ目の公開ページ機能を活用

いわき震災伝承みらい館が保管する津波遺留品は約5,000点にのぼります。今回のデータベースでは、そのうち、3,000点以上もの画像を館内で閲覧することができるようになりました。 I.B.MUSEUM SaaS の機能の一部である「ふたつ目の公開ページ」を活用し、オンラインで運営中の震災アーカイブ検索とは完全に別のサービスに。ただし、津波遺留品は被災者のプライバシーに深く関わる品々であることから、館内限定となったのです。

氏名などの所有者情報がない遺留品は、画像が有力な手掛かりとなります。一枚ずつ確認しながら探すのはかなりの難作業ではありますが、この新データベースには「少しでも被災者のもとにお返ししたい」という人々の心が滲みます。

いわき市では、当面、返還事業を継続する意向とのことですが、やはり保管場所の問題は大きく、市の各部署と協議しながら何とか確保している状況とか。そして、何より新たな生活に馴染んできた被災者の想いにも変化が見られ始めるとのこと。そこには、12年という長い時間の経過を実感せずにはいられません。

これまで一貫して被災者の心情に寄り添いながら展示会の開催やデータベースの構築を進めてきたいわき震災伝承みらい館も、最近はそんな状況の変化をよりつぶさに見定めているとのこと。被災者の声に耳を傾けつつ、継続時期などについても見極めながら、今後の返還事業の方向性を検討していくようです。

ひとりでも多くの被災者に思い出との再会を

資料情報の継承という重責を担うミュージアムのデジタルアーカイブですが、コロナ禍でも証明された通り、「実物を公開できない時の代替策」ともなり得ます。膨大な数の津波遺留品の実物を陳列できる機会は限られますが、デジタルアーカイブであれば、広いスペースを用意する必要がない分、館や自治体の負担も和らぎます。
多くの人々の想いに支えられて公開へと漕ぎ着けた「津波遺留品データベース」。ひとりでも多くの被災者がご利用になり、ひとつでも多くの再会が生まれることを願うばかりです。

 


いわき震災伝承みらい館
https://memorial-iwaki.com/

震災アーカイブ検索
https://jmapps.ne.jp/memorial_iwaki/

いわき震災伝承みらい館
東日本大震災で甚大な被害を受けたいわき市の震災体験を捉え直し、教訓を後世に伝承することを主目的に、2020年5月に開館しました。パネル展示や大画面の映像、タッチパネルやVR映像、ハンズオン展示など多様な手法で震災の様子を伝えるほか、旧・いわき市立豊間中学校の卒業式当日、震災発生の直前に生徒たちが寄せ書きを残した黒板の展示も。震災語り部の定期講話もあり、年月が経つほどに役割の重みを増すであろう重要施設です。