No.38
2015.12.27
横浜美術館「蔡國強展:帰去来」 早稲田スタッフの展覧会鑑賞記 その1
すこし前になりますが、10月初旬に横浜美術館へ蔡國強展を見に行ってきました。
もともと春に訪れた京都国際現代芸術祭「PARASOPHIA」で、ひときわ興味をそそられたのが、蔡國強でした。オモチャのようなロボットがドローイングをしたり、隙だらけの大きな塔がそびえたりしている≪京都ダ・ヴィンチ≫が、京都市美術館内の大きな展示室を占めていたのが圧巻だったのです。
お隣の京都国立近代美術館や付近のギャラリーにも蔡作品がありましたが、こちらは火薬を爆発させてカンヴァスや和紙に画を定着させるという彼独特の手法によるもので、やはり感動的。
今回の横浜美術館での展示にあたっては、横浜の学生等と協働して爆発を手がけた作品もあるということで、あちこちで話題になりましたね。
さっそく横浜美術館のロビーへ入ると、ドーンと目の前に現れたのが、巨大な火薬絵画≪夜桜≫。
このロビーはキューブ型ではなく、でこぼこした広場のようなおもしろい形をしていますが、その奥行きをもっともっと押し広げるかのようなインパクトのある作品です。
入口ですっかり蔡の世界に引きこまれたところで、ドキドキしながらエスカレーターで2階の展示室入口へ向かう、という趣向になっています。
最初の展示室へ足を踏み入れると、長大な絵巻物のような、見渡す限りの春画、春画、春画。
やはり火薬爆発の手法によるものです。
性的描写があるとの警告が出ていましたが、妙ないやらしさは全く感じられません。皮膚と皮膚とのあいだに生じる温度や呆気なさが、焦げ跡の下から控えめに「こんにちは」と顔を出しているようで、なんとも切なく、またかわいらしいのです。
花札のモチーフも色鮮やかで、男女の逢瀬がより滑稽で開かれたもののように感じられます。
それから、白磁を使用した≪春夏秋冬≫。
火薬を爆発させるなかば暴力的な手法を、こうした繊細な造形物に対しても用いる切実さに、目頭が熱くなりました。
爆発は、花や草や鳥といった小さな生き物たちのモチーフにも、容赦なく襲いかかります。何とも無慈悲な光景ですが、それが逆に生き物たちの美しさをいっそう際立たせているように思えました。
この展示室には、蔡が学生たちと協働制作した≪朝顔≫という造形作品が天井からつるされています。爆発によって陰を帯びたテラコッタの花々が、より深く≪春夏秋冬≫の四季をも彩るようでした。
最後の展示室には、本展示の目玉とも言える≪壁撞き≫。
99匹の狼が、群れを成してガラスの壁を越えようとする、躍動感あふれたインスタレーション作品です。
狼はレプリカで、本物の剥製ではありませんが、脚の筋肉、身体のしなやかさ、牙を剥いた口元など、傍に立って見ているのが怖くなるほどの迫力です。
この空間では鑑賞者の立ち位置が決まっていないので、群れのあいだに勇み入ったり、ガラス壁の向こう側から偉そうに眺めたり、後ろから見送るように見つめたりと、様々な鑑賞方法を試すことができます。
他の方々が、どの視点で、どのように鑑賞されたのか、とても気になるところでした。
全体として、爆発という不穏にも思われる破壊的現象を、まったく別の視点から見つめ直すことのできる展示だったように思います。
わたしたちは、意識的・無意識的にかかわらず、常に武器を携帯しています。それは言葉だったり、実際の暴力だったり、機械の力を利用するものだったり。けれども、蔡の作品を見ていると、他人を傷つけるだけではない別の「爆発」も見えてくる気がするのです。
果たして、「爆発」の威力には、どのような可能性と限界があるのでしょうか?
99匹の狼は、見えない壁に体当たりしつづけます。絶えず警鐘を鳴らすように、わたしたち人間の行動を見張っているのかもしれませんね。
さて、横浜美術館が楽しいのは、鑑賞後に2階からくねくねした大階段を降りるとき。
点在する彫刻の名作たちを眺めながら、鑑賞体験を締めくくるのには最高の時間だなあと余韻に浸りつつ、ゆっくり、ゆっくりと日常へ帰って行くのでした。
● 横浜美術館 http://yokohama.art.museum/index.html
● 蔡國強展:帰去来 http://yokohama.art.museum/special/2015/caiguoqiang/