No.11
2007.10.27
リサーチャー、今度はパリへ!(前) Musee du quai Branly,Paris
今回のミュージアム・リサーチャーは、前回に引き続いての海外編・第2弾。フランスはパリから届いた『ケ・ブランリ美術館』の訪問記です。さまざまなメディアで取り上げられている話題の美術館の実際は? 現地から届いた渾身の長編レポート、前後編に分けてお届けします!
ケ・ブランリ美術館レポート 前編
今回、みなさんにご紹介するのは、ケ・ブランリ美術館。2006年6月の開館前から多数のメディアにとりあげられ話題になっている、パリの新名所です。
まず注目を集めているのは、そのロケーションと建築の美しさです。パリの中心、セーヌ川左岸(フランス語で「ケ」は「河岸」を意味します)に東京ドーム5個分という広大な敷地を用意して建てられたこの美術館は、館の設計にジャン・ヌーヴェル、それを取り囲む庭園設計にジル・クレモンを迎え、美術に関心のない観光客の目をも惹きつける、パリの新しいモニュメントになっています。
美術愛好家の耳目を集めたのは、そのコンセプトでした。この美術館は、いままで(西洋)美術史のパースペクティヴ内に正当な位置づけを与えられてこなかった、アジアやオセアニア、そしてアフリカなど、非西洋圏のいわゆる「原始美術」を紹介することを目的としています。世界に冠たる芸術都市・パリにあって、「今まで手薄だった分野を補完する美術館をつくる」という側面もあると思われますが、それだけに留まりません。
設立者のジャック・シラク前大統領は、公式ガイドブックによせたあいさつで、今まで「あまりにも長きにわたって誤解され、等閑視されてきた諸々の芸術と文明を正当に評価し、あまりにも頻繁に貶められ、抑圧され、あまつさえ絶滅させられることもあった諸々の民族に、そのまったき尊厳を取り戻させる」「ケ・ブランリ美術館は、諸々の芸術のあいだにヒエラルキーを設けることを拒否し、それと同様に諸民族のあいだにヒエラルキーを設けることを拒否する」と、崇高な理念を謳い上げています。そもそも伝統的な(西洋)美術史が、エジプトからギリシアを経て、ヨーロッパでの近・現代美術へと至る流れ(ルーブル美術館のコレクションが体現する歴史)をヒエラルキーの頂点に位置付けて特権視してきたことを考えるならば、ケ・ブランリが掲げる理念は、美術史の補完というよりも、その書き換えすらも視野に入れたものと言えるのかもしれません。
さらに続ければ、この美術館のコレクションの中核をなしているのは、それまでパリの人類博物館や国立アフリカ・オセアニア美術館といった施設で、おもに人類学や民族学などの「研究資料」として管理・保管されてきた収蔵品です。学問的「資料」を、芸術「作品」として美術史内に登録し直すこのプロジェクトは、おおげさにいえば、学問と芸術の線引きをめぐるあらたな試みでもあります。実際に、民族学者のなかにも美術史家のなかにも、この試みに疑義を挟む声が聞かれるようですが、この美術館は、西洋中心のヒエラルキーを廃棄したうえで、東西の文明間に、また学問と芸術の間にどんな調和的風景を描きだそうとしているのでしょうか。
長い前置きはこれぐらいにして、実際に美術館に足を運んでみましょう。
美術館の敷地に足を踏み入れた我々を最初に迎えるのは、生い茂る多様な種の植物です。庭園設計者のクレモン氏は、収蔵品が生みだされた地域にみずから足を運び、現地の植生などを調査研究のうえ、造園を手がけたそうです。シンメトリーを重んじる、伝統的なフランス式庭園とは対極的な造園ですが、隅々まで計算されたアンシンメトリーと言ったところでしょうか。
都市のなかに投げ込まれた、コントロールされた野生。私が訪れたのは、ちょうど一面のススキがきれいな穂をつけている時期で、建物のすぐ後ろにそびえ立つエッフェル塔との対比が印象的でした。植物が十分に生長し、庭園が完全な姿を見せるまでにはまだ数年の時間がかかるそうですが、その完成が楽しみに待たれるところです。
対比といえば、美術館のデザイン自体にも、「自然」と「文化」の対比が意識的に導入されているように思えました。展示室のある棟は、北側一面ガラス張りの壁から赤や黄色のカラフルな箱がぼこぼこと突き出た「モダン」な外観。それに対して管理棟は、全側面が本物の植物で蔽われた、なんとも「エコロジック」な建物となっています。
実は、こちらも現在、世界中で様々な建築に作品を提供して注目を浴びているフランスの植物学者、パトリック・ブラン氏の手になるもの。このように外観にもはっきり表された「自然」と「文化」の出会いというテーマを見ていると、それが非西洋と西洋の出会いというテーマを視覚的に表現しているようにも思われてきます。西洋が「文化」で非西洋が「自然」か、と考えると複雑な気もしてくるのですが(結局は西洋中心主義なのでは?)、いずれにせよ、この対話が見事な調和のうちに収まるよう入念な配慮が施されていることは確かであるように感じられます。
【ケ・ブランリ美術館】
【ミュージアム情報】
●所在地
37, quai Branly – portail Debilly 75007 Paris
●アクセス
地下鉄:<9>イエナ(Iena)駅、<9>アルマ・マルソー(Alma-Marceau)、RER Cポン・ドゥ・アルマ(Pont de l’Alma)駅、<6>ビラケム(Bir Hakeim)バス:42番Tour Eiffel、63,80,92番Bosquet-Rapp、72番musee d’art moderne ? Palais de Tokyo
●開館時間
11時~19時(チケット販売は18時15分まで)
夜間開館日:木曜~土曜 ~21時(チケット販売は20時15分まで)
●休館日
月曜、5月1日、12月25日
●入館料
常設展:8.5ユーロ(割引6ユーロ)
企画展:8.5ユーロ(割引6ユーロ)
常設展+企画展:13ユーロ(割引9.5ユーロ)
18歳以下は無料毎月第一日曜は常設展、企画展とも無料
【参考サイト文献など】
美術館公式サイト(http://www.quaibranly.fr/)
メゾン・デ・ミュゼ・ド・フランス(http://www.museesdefrance.org/)
Le Guide du musee – Musee du quai Branly, Musee du quai Branly, Paris,2006.
【おまけ】
続けてミュージアムめぐりしたい方は、こちらへどうぞ。ケ・ブランリ美術館から徒歩でまわれるミュージアムです。
東洋ギメ美術館 http://www.museeguimet.fr/
パリ市立近代美術館 http://www.paris.fr/portail/Culture/Portal.lut?page_id=6450
パレ・ド・トーキョー http://www.palaisdetokyo.com/