ミュージアムインタビュー

vol.151取材年月:2019年7月うらわ美術館

人がイメージした技術は、基本的に実現する。
だからこそ、未来を見越した環境づくりを大切にしたい。
学芸員 滝口 明子 さん

-とても長いお付き合いですよね。いつもありがとうございます。

滝口さん:開館が2000年で、その頃からお世話になっていますからね。私が着任したのは2007年ですが。

-情報コーナー向けにブックページャー形式で閲覧できるシステムをご提供し、そのバックヤードで動くシステムとしてI.B.MUSEUM をご導入いただいた…とうかがっています。

滝口さん:結構長く使ったので、最後の方は機器が老朽化して、御社の方に何度もメンテナンスに来ていただきましたよ。個人的には、初めてブックページャーが入っている端末を見た時、「遠からずなくなるだろうな」とぼんやり思ったんですけどね。

-それはどういうことでしょうか? 何か問題がございましたか?

滝口さん:いえ、形態的な宿命と言いますか。私は小学生の頃にコンピュータに触れる機会があって、PDA端末やiPodもかなり早くから親しんでいたので、情報コーナーに設置されていた端末については「すごいシステムなんだけれど、専用の大きな機械は生き残らないだろう」と感じたんです。

-あぁ、なるほど…。

滝口さん:私が当館に着任した当時、専門の方々の間ではすでにクラウドコンピューティングのような話が出始めていましたからね。

-まるでIT業界の方にお話をうかがっている気分です(笑)。

滝口さん:脱線してすみません(笑)。でも、その一方で、ブックぺージャーを提供すること自体は、当館にとっては価値があったんですよ。

-それはどんなことでしょう?

滝口さん:当館は、「本の美術館」でもあるんです。重点的に収集している「本をめぐるアート」は、大方の作品が本の特性を利用して制作されています。でも、展示では中をお見せすることができませんから、来館者は「それが本であること」を体験できないわけですね。私たちは、そんなジレンマをずっと抱えていたんです。

-なるほど、館の特性としてはベストマッチだった…と。

滝口さん:ええ。来館者からも「中を見たかった」というお声はたくさんいただきますから、それを仮想体験できるツールとしては非常に意味がありました。

-なるほど。そういうニーズがブックページャーの背景にはあったんですね。。

滝口さん:私も、着任当時にこの話を聞いて「なるほど」と思いましたから。だからこそ、御社にいろいろとお願いして、なるべく寿命を延ばしてきたんです。

-そのブックページャーが天寿を全うして、システムはクラウド型へ。時代は進むものですね…。

 


情報コーナー(現在)

-さて、ポスト・ブックページャー時代の情報コーナーは、どう変わりましたか?

滝口さん:2016年に全面リニューアルとなり、私が担当しました。

-ここまでITにお詳しい学芸員さんは珍しいですから、きっと知識を駆使されたんでしょうね。

滝口さん:それが、実は新しい情報コーナーには、デジタル機器は一切置いていないんですよ。

-え? 専用端末でなくても、タブレットくらいはあるのでは?

情報コーナー(以前)

滝口さん:私が個人的に草案を考えていた段階では、Wi-Fi環境とiPadでブックページャーを復活させることも検討しましたが、今は「本のあり方」や「データのあり方」そのものが変わろうとする過渡期なので、現時点では最新でもまた古くなりますよね。

-でも、それを考えると、何もできなくなるのでは?

滝口さん:そこで、デジタル機器に頼らずに、可変性の高い部屋にしました。美術館のライブラリーは高級感のあるズッシリとした本棚を想像しますが、女性ふたりで撤去できるほど軽い家具を置いて。動かすと、大きな白い壁が現れるようにしてあります。

-へえ〜! でも、それなら、最新のプロジェクションマッピングを導入してもすぐに対応できますね。

滝口さん:そうなんですよ。昔のSF映画などで、空中に画面が出るような場面がありましたが、人間がイメージしたものは基本的に実現していくと思うんです。だから、時代に対応しやすい部屋にしたいな、と。

-それにしても、デジタル機器を使わないというのは凄いです。10年先を見た結果としてデジタルを使わないというのは、ちょっと感動的ですらありますね…。

 


-では、最後に少し、システムのことをお聞きしてもよろしいでしょうか。

滝口さん:今日はその話でしたね(笑)。

-個別導入型のI.B.MUSEUM から、現在はクラウド型のI.B.MUSEUM SaaSに移行されましたが、特に問題はなかったですか?

滝口さん:問題はないのですが、実は、ここ1~2年は新規登録を行っていないんです。ちょっと静観しているところでして。

-何か事情があったのでしょうか。システム側に問題でも?

滝口さん:いえ、むしろ逆です。かつては、作品収集委員会提出資料・作品カード・目録とひとつの作品についての情報を何回も記述したものですが、それをシステムで1回で済ませられるようにしてきました。

-仰る通りですね。

滝口さん:2010年代に入った頃は、このシステムがあれば紙の作品カードは要らないんじゃないかと思っていました。でも、「紙も重要だよ」という意見もあって。そんな時に、東日本大震災が発生して、当館は計画停電の対象になったんです。

-停電してしまうと、システムにアクセスできないですね…。

滝口さん:作品の貸し借りについて他館と連絡を取ろうにもメール自体が使えない状態になって、紙の作品カードがとても役に立ったんです。紙「も」重要だということが、身に染みて理解できたわけです。今は社会的にクラウドサービスが全盛ですが、災害時にどうするかという対策も、過渡期なのでしょうね。

-パソコンで情報を管理すると言うよりも、「紙の作品カードをパソコンで作成する」という観点はどうでしょう? データをシステムに蓄積しながら、安心感のある紙の作品カード文化を継続できるのでは。

滝口さん:それは面白い視点かもしれませんね。

-昨年末、I.B.MUSEUM SaaSに帳票作成機能が付いて、作品カードを本格的にシステムで作成できるようになりましたので、また改めて操作説明をさせていただきますね。あとは、作品データの公開についてはいかがですか?

滝口さん:インターネット上にどんどん情報を出していきたいんですが、当館の作品は著作権処理が複雑なものが多いんです。公開の許諾を取るとなると、確認が非常に困難になるものもあって。

-海外の作家などは、それだけで大変ですよね。

滝口さん:各国にある作家協会のような組織への確認が必要になる場合もありますしね。突き詰めると、「ごく一部の作家の作品は公開OK」という事態が予想されるのですが、そうなると利用者側は「なぜこの作家はダメなんだろう?」という疑問が湧くでしょうし。

-なるほど…。影響範囲が大きすぎて、簡単に割り切れるものではないのですね。

滝口さん:そうなんですよね。もちろん、データを共有することへの努力は必要だと思います。

-いや、本日は勉強になる話をたくさんお聞きできました。本当にありがとうございました。

Museum Profile
うらわ美術館 浦和駅のほど近くに、2000年の春に誕生した都市型美術館。挿絵本や装丁本、詩画集やアーティスト・ブックなど「本をめぐるアート」に着目し、ピカソやマティスらの貴重な挿絵本などを数多く収集しています。さいたま市にゆかりのある作家の作品も収集していて、創作コーナーやワークショップなどの教育普及事業も活発。親子連れから高齢者まで、いつもたくさんの人で賑わっている通り、誰もが気軽に参加できる楽しさいっぱいの美術館です。

ホームページ : https://www.city.saitama.jp/urawa-art-museum/index.html
〒330-0062 さいたま市浦和区仲町二丁目5番1号 浦和センチュリーシティー3階
TEL:048-827-3215