ミュージアムインタビュー

vol.65取材年月:2010年12月財団法人雲柱社 賀川豊彦記念・松沢資料館

システムを「基礎研究ノート」として位置づければ
館の保有情報はもっと広く役立ててもらえるはず。
学芸員  杉浦 秀典 さん

-早いもので、ご導入からもう2年が経ちました。そもそものきっかけは?

杉浦さん:当時のシステムが古くなったという点も理由だったのですが、それ以前に、行政の文書管理ソフトに近い造りになっていましてね。入力は進めていましたが、仕様と業務に開きがあって。

-それを実務に近づけたかった、と。

杉浦さん:ええ。リース期限が近付いていた頃、緊急にデータを整えなければならない事情が発生しまして。そこに早稲田さんからDMが届いたんですよ。タイミングが絶妙で、ご縁を感じましたね(笑)。

-「緊急の事情」というのは?

杉浦さん:「賀川豊彦献身100年記念事業」が迫っていたんです。記念事業の中に資料データベースの公開が組み込まれていて、特に原資料4,000点の目録データを公開しなければならなくなって。

-それは重要な事業ですね。

杉浦さん:そうなんです。早稲田さんの担当の方には何度も足を運んでいただきましてね。心強く感じましたよ。

-ありがとうございます。当時は関連する、全国の賀川豊彦記念館6館で統合データベースの構築のための議論もありましたよね。弊社も真剣に参加させていただいたので、とても嬉しいです。

 

-弊社以外のシステムも検討されたんですよね?

杉浦さん:もちろん比較検討しました。システムそのものの機能もさることながら、「業者選びは結婚と同じ」と考えましてね。

-ほう? 面白い観点ですね。

杉浦さん:結婚なら、候補を一列に並べてヨーイドンで勝った人を選ぶなんてことはしないでしょ(笑)。当館の状況を深くご理解いただけるかどうか、専門家としてお付き合いくださるかどうかが重要で。

-6館統合データベースの検討の席で、専門知識の重要性を痛感しました。

杉浦さん:あれは6館では実現できなくて残念でしたが、2館での運用は実現しました。複数機関の統合アーカイブは、大学などでも事例がありますから、ぜひ進めたかったんですけどねえ。各館の事情の違いがネックになりましたが、いつか実現しないとね。

-もちろんです。それにしても、当時は記念事業もご準備中で、同時進行はキツかったでしょう?

杉浦さん:ええ、記念事業の事務局も引き受けていましたので、仕事量がいつもの倍はありましたからね。その上にシステムの準備ですから、SEさんには大変迷惑をおかけしました。でも、あの時に「早稲田さんを選んでよかった」と思いましたよ(笑)。

-そ、そこ、もう少し詳しくお話しいただけますか?

杉浦さん:やはり「博物館専門の会社」というのは大きかったですね。「こんなことがしたい」という希望を説明すると、すでにパッケージに用意されていることも多かったですし。博物館業務をよくご存じですから、打てば響く感じで、話が楽でね。

-あ…ありがとうございます(涙目)。

杉浦さん:普通のシステム会社のエンジニアさんなら、学芸業務について最初から説明しなければなりませんから。

-嬉しい限りなのですが、普通の博物館とは違う特殊性がありますよね。弊社はうまく対応できましたか? 実はご不満な点もあったのでは?

杉浦さん:とくに不満はありませんでしたよ。当館は博物館であると同時に、資料館、文書館という側面もあります。1982年には「Kagawa Archives & Resource Center」という英文名を使っていたくらいですからね。

-以前のシステムの仕様もそこから来ているのですね。

杉浦さん:その頃は「アーカイブ」という言葉も今ほどメジャーではなかったものの、文書資料の取扱いには特別に力を入れていました。しかし、モノ資料、文書資料、図書資料の情報を統合することになりますから、仕様の決定には工夫が必要でしたね。

-具体的には?

杉浦さん:まず、博物館の一般的な資料と違って、アーカイブの「出所原則」という情報が重要になります。「そのフォンド(文書群)がどこから移管されてきたか」ということですね。家区分はもちろん「資料のかたまりがあったのは書斎なのか居間なのか」というシリーズ情報も必要ですから、複雑な階層構造の整理が課題になるわけです。

-そこだけでも一般の博物館とはかなり異なりますね。

杉浦さん:ですから、いずれは「本文の内容で呼び出せるシステム」を実現したいんですよ。

-本文の内容で情報を呼び出す? どういうことでしょう?

杉浦さん:当館の利用者は、図書館のように書名や著者名からだけではなく、「内容から入ってくる」方が多いんです。たとえば「賀川豊彦はシュバイツァーについてどう考えていたのかがわかる資料を教えてほしい」といった質問には、相当柔軟な検索が必要ですよね。

-確かに……。

杉浦さん:そういう場合、「どこかの一節」に関連情報があったりするんですね。探し当てるには職員自身の勘と経験に頼るしか方法がないのですが、これをシステムに任せたいな、とね。

-なるほど……。情報をヒットさせるためには、まず膨大なデータが必要になりますね。

杉浦さん:そうでしょうね。いまは内容細目や目次といった項目を設けているので、まずはそこにどんどん登録しています。最近はOCRの精度が上がりましたから、資料をテキストデータ化して大量の情報を流し込めればフルテキスト検索も可能かな?

-複数館統合システムなら、みんなでキーワードを足していくこともできますよね。

杉浦さん:私が6館でこのシステムを使いたかったのは、まさにそこなんですよ。次回の更新の課題ですね。

-分かりました。ぜひ実現させたいですね。今後、議論を続けましょう。

-記念事業のテーマのひとつでもあった「インターネットでの資料公開」が実現したわけですが、効果はいかがですか?

杉浦さん:利用者の方々の行動が明らかに変わりましたね。「資料があるかどうか」をWeb上の検索で調べた上で「それは借りられるか」「いま実物を閲覧できるか」という問い合わせが増えました。ご自身で下調べを済ませてくださると、こちらも的確に対応できるようになりますね。

-内部の業務効率も向上しそうですね。では、今後のビジョンなどは?

杉浦さん:いまシステムに登録している情報は、基礎研究の範囲だと考えています。そして、せめて個々の異なる資料の間のつながりを見つけて、それを登録して、公開したいと思っています。資料が持つ固有の内容情報を、他の資料との関連や様々な関係性にも結びつけて、検索可能とする。これらを資料館スタッフで打ち込んでいき、資料調査の基礎的なことを済ませておくのです。

-ふむふむ(メモメモ)。

杉浦さん:研究者や学者の皆さんは、その情報を組み立て直したり、さらに新しい情報を加えたりといったことにより、活用が容易になるのではないでしょうか? 最終的には、データベースシステム内のある項目を、いわば「基礎研究ノート」にしたいんですよ。

-基礎研究ノート! それは素晴らしい! 6館で使えるようになれば、公開情報の質も劇的に上がりそうですね。

杉浦さん:ですから、今後はもっと頑張っていただかないと(笑)。

-はい、頑張ります! 今日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

<取材年月:2010年12月>

Museum Profile
財団法人雲柱社 賀川豊彦記念・松沢資料館 神戸のスラムで貧しい人々の救済活動を行い、その後協同組合運動や関東大震災の救済活動に身を投じた賀川豊彦の偉業を顕彰する施設。近代日本史における貴重な資料となる賀川豊彦の事業活動や著作に関する膨大な資料文献や原稿を保存、一般公開を行っています。東京・世田谷の閑静な住宅街に立地、併設の幼稚園から子どもの元気な笑い声が聞こえる環境は、激動の時代を駆け抜けた賀川豊彦の穏やかな眼に見守られているような、温かみあふれる施設です。
ホームページ : https://www.t-kagawa.or.jp/
〒156-0057 東京都世田谷区上北沢3-8-19
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