ミュージアムリサーチャー

ミュージアムレポート

スマホアプリで音声ガイドを提供する博物館が本格的に増えてきました。専用の端末や周辺機器が一切不要で、コンテンツの差し替えが容易なのは大きな魅力ですが、その際、ひとつだけ難題が。それは、ナレーションの収録です。

音声ガイドである以上は、やはり読み手が必要。合成音声やAIが活躍するケースもあるようですが、できれば技術を持つナレーターにお願いしたいものです。とは言え、そのつど費用が発生するのは避けたいところ。ということで最近は、地域の高校の放送部に依頼するケースが増えています。

昨年11月に「ポケット学芸員」を導入された國學院大學博物館。ナレーションを聴いてみるとこれがプロフェッショナルな仕上がりなのですが、何と大学のサークルのメンバーによるものだそうです。なるほど、大学博物館ですから、学生とコラボすればよいのですね。そんなわけで、今回は國學院大學放送研究会に所属する同学3年の三枝大地さん、西川桃子さん、落合颯祐さん、そして國學院大學博物館の佐々木理良さんにお話を伺いました。

國學院大學放送研究会とは

今回の取材にあたり「放送研究会」について調べてみましたが、たくさんの大学で設置されているのですね。アナウンス技術を磨いたり番組制作を実際に行ったり、学生が運営する大学内のテレビ局のような役割を担っているようです。
國學院大學放送研究会は、3つの部門から構成されています。まずトーク番組や音声ドラマの制作やイベントの司会などを担当するアナウンス部、ミキサーやカメラなどの放送機材を操作・管理する技術部、そして番組や映像作品などを企画して脚本を作成する企画部。合計で50名ほどが所属する大所帯で、そのまま映像制作会社を興せるのではないかと思わせる組織構成です。メンバーには、アナウンサー志望の学生がいれば番組制作者を志す学生もいて、何かを作るのが好きな若者たちが集まっています。

仲間とともにバラエティ番組を作ったり、キャンパスがある渋谷近辺をロケで巡ったりと、充実したサークル活動を展開。そんな中で、今回お話を聞いた三枝さん、西川さん、落合さんの先輩にあたる当時の学生が、大学の学生生活課を通じて博物館にコンタクトしてナレーション制作を申し出たのが2022年のこと。その年の11月に、原稿のやり取りが始まりました。

難解な言葉との格闘

お話を伺ったのは、ポケット学芸員での公開から数か月が経過した2024年4月、上記の発起人的立場の先輩学生が卒業したタイミングでした。学生3人と担当学芸員の佐々木さんを迎えての取材は、インタビュアーは不要なのではないかと思うほどの大盛り上がり。何でも気さくに話してくれる彼らの会話に驚くやら感心するやら、とても楽しい時間となりました。

収録での苦労話を聞くと、「少し難しい言葉が多かったよね」「私が担当した原稿にも超難い箇所があって、何度も録り直しました」「あの言葉の発音も大変だったよね」「アクセント辞典にも載ってなくて、困ったよね」…といった具合。それもそのはず、こちらの博物館が扱うのは神道や考古系の資料で、ナレーションの原稿内には聞いたことがないような難解な言葉が当たり前のように頻出するのです。

実際に使用した原稿の一部を拝見したのですが、ルビが振られているにも関わらず書き込みが多数あり、格闘の痕跡がありありと見受けられました。こうした難読語の話題で特に盛り上がったのが、『多度神宮寺伽藍縁起井資財帳』という資料名。ルビを振ると『たどじんぐうじがらんえんぎならびにしざいちょう』となるのですが、なるほど、これは読めません。「井」を「ならびに」と読むのですが、その直前までを一気読みするのがコツだとか。

こうした名称は、それが何なのかをある程度は理解していないと、区切る場所も想像もつきませんよね。原稿内にはほかにも練習しないと発音できないような言葉が大量に溢れています。初歩的なものでは「伊勢神宮内宮」、これは言葉は分かっていても正しいイントネーションを問われると少し怯んだりして。「八咫鏡」や「瓦経・礫石経」あたりに至っては、ルビがあっても音にする自信がありません。

「ナレーションやりますよ」と申し出てこの原稿を受け取ったら、恥を忍んで辞退するしかないような難易度。しかし、さすがは若者たちですね。彼らは、逆にここからモチベーションに火が点き、ちょっとした冒険のような挑戦を始めたのです。

プロ顔負けの本気度とこだわり

収録されたナレーションは「です・ます調」なのですが、これは卒業した当時の中心メンバーの提案で「である調」から変更されたものなのだそうです。理由は、その方がナレーターが読みやすいから。確かに、その方が難読語とのコントラストが鮮明になって聞きやすいかもしれません。分からない用語はすべて調べて理解し、次に前記のアクセント辞典で正しいアクセントを調べるのですが、実に7万語以上が収録されたこの辞典をもってしても未収録の用語が頻出。そんな時、頼りになるのが佐々木さんをはじめとする学芸員でした。そうです、学芸員は辞書の上をゆく存在なのです!

学芸員側でも、アクセントのお手本をスマホに録音して音声ファイルを送るなど、進行上での工夫も。こうして、ひとつの単語も疎かにせず、学芸員のチェックで少しでも違和感がある場合はリテイクするという本気の収録が続きました。何度も繰り返して疲弊するどころか、やがて学芸員からOKが出ても自分たちが納得できなければ録り直すレベルに到達。モノづくりの職人の世界では「神は細部に宿る」という言葉を聞きますが、その一端を垣間見るような情熱をもってナレーションは完成しました。

最終的には、1分のナレーションに1時間以上を費やした計算になるとか。その甲斐あって仕上がりは素晴らしく、あまりの品質の高さに驚いた佐々木さんは「これ聞いてください、ウチの学生、すごいですよ!」とオリジナルの音声ファイルを職場内で宣伝してまわったとか。実際、この取材記事もナレーションに感動したことがきっかけですので、佐々木さんにまったく同感です。

 

博物館と大学生の連携事業、今後に向けて

同学の放送研究会は、アナウンス部に所属する部員がイベントの司会を引き受けるケースを除くと外部との共同作業の機会が少ないため、よい経験になったようです。また博物館側も、学生たちとのコラボを大いに喜んでいる様子。館のホームページには謝意を込めてナレーションを担当した学生たちの名前が掲載されています。もともとそうした方面を志望する学生なら、就職活動の際に大きなアピール材料になりますね。

取材日は休館日だったこともあり、それぞれ自分がナレーションを担当した展示資料の前で記念撮影。学芸員の佐々木さんが少し離席されたところで「面白くていい博物館だね」と水を向けてみたところ、「そうなんですよ! 専攻が違うので、今回の件がなかったら来る機会はなかったでしょうが、ウチの大学の自慢の施設だと思います!」という元気な返事が。館としては、超が付くような高品質のナレーションとともに、学内にファンも獲得できていたわけですね。

この活動を続けて放送研究会の伝統になれば嬉しいのですが、それは彼ら自身も考えていた様子。ほかの博物館から依頼が来たらどうするかという質問には、「もちろん!」「ぜひとも!」「うお~、激アツ!」とハイテンションなレスポンスが返ってきました。というわけで、プロ並みの解説ナレーションをご所望の場合は、國學院大學放送研究会にオファーを出してみてはいかがでしょうか。

 


 

國學院大學博物館 http://museum.kokugakuin.ac.jp/

國學院大學博物館 音声ガイド紹介ページ http://museum.kokugakuin.ac.jp/facilities/

國學院大學放送研究会 https://kokugakuinkbs.wixsite.com/kokuhou

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