代表ブログ

わせだマンのよりみち日記

2021.06.16

同業者は「敵」の業界、「味方」の業界

#私的考察

銀行の世界から、紆余曲折を経てミュージアムの世界へ。それはもう文字通り異世界に転居したような感覚で、当初は業界文化の極端な違いに大いに戸惑ったものです。中でも興味深く感じたのが、「同業者」に対する意識の違いでした。

銀行業界では、同業者は倒すべき競争相手以外の何者でもありません。組織全体だけでなく支店単位でも地域内の他行に負けるなどという結果はあり得ず、終わりのない消耗戦を延々と繰り広げていました。ひと文字で表すなら「敵」ですので、協調融資などの特殊なケースを除き、協力し合う機会はゼロ。少なくとも、私たち営業現場の人間は、互いに敵意しかありませんでした。

ところが、ミュージアムの業界では真逆です。我々のような周辺業者はともかく、博物館の目では同業者は「敵」ではなく、実は「味方」なのです。それは、母体が民間の会社である企業ミュージアム同士でも同じこと。親会社はライバルであっても、普通に「仲間」として機会があるたびに情報交換や各種交流、時に勉強会などが行われています。

お金そのものを商品とするだけに常に殺伐とした金融業界と、お金は絡んでいるものの学芸現場に関しては学術機関の空気に近い博物館界。どちらが自分のキャラクターに合うかと言えば、即答で後者です。どの館を訪問しても、打ち合わせは穏やかな空気に包まれていて「こんなに和やかな営業現場があるのか」「何と平和な世界なのだろう」とショックを受けたものです。とは言え、のちに各館が向き合わざるを得ない苦境、業界全体に吹く逆風について詳しく知ることになるわけですが…。

ノウハウや情報を共有し合う仲間としての同業者は、業界や地域の人的ネットワークの中にいます。昔は時折り、緩やかな連絡網の不備など、さまざまな理由で情報が届かない館・学芸員を見かけたものですが、現場レベルの地道な交流活動やリモートによる接触が可能なSNSの普及が功を奏しているのか、現在は改善に向かっているように感じます。

私が業界内を歩き回るようになって間もないころ、この業界内の仲間意識について、とある学芸員の個人的な想いをうかがう機会がありました。曰く、単なる情報交換や人的交流だけでなく、もっと大きく発展させたい。大意は、こんな感じです。

「よい展示を心掛けていれば、初めて訪れた来館者がリピーターになってくれることもある。その人が類似施設や似たテーマの展覧会を巡ることになれば、自館の展示が他館のファンをも育てていることになる。これを各館で、業界全体で意識できれば、いずれ『他館で育った鑑賞者』が訪れてくれることになるはず。ミュージアムに足を運んでくださる人を増やすためには、学芸員一人ひとりが『鑑賞者づくり』への情熱を持つべきだと思う」

入行のその日から「同業者許すまじ」と意識にすり込まれる世界に首まで浸かっていた私にとって、それは衝撃的なお話でした。起床してまず考えるのは自分の数字、そうでなければ支店の数字…という毎日を送ってきた私には、まるでユートピアの思想のように聞こえたものです。しかしながら、全国の館、特に中小規模のミュージアムを巡回するうちに、こうした意識で仕事に取り組む学芸員は想像以上に多いことに気付きます。

その象徴として強く印象的に残っているのが、他館や他の遺跡の案内パンフレットまで作ったミュージアムです。考古系の博物館が制作したもので、前半は自館のキャラクターがその館を訪れた体裁での紹介、後半はその館のキャラクターによる紹介となっています。その数は全国で30館近くにのぼり、出来上がったパンフレットは全種類が各館に設置されます。どの館を訪れても、30館近くのパンフレットが並んでいるのですから、まさにすべての館のパンフレット・スペースが各館共同のポータルサイトのような形となるわけですね。

ひとつの施策だけでは、業界全体を一気に改善するような爆発力はないかもしれません。しかしながら、昨年、コロナ禍による「お篭り」が進んだ際には、とある学芸員が発案した「おうちミュージアム」が各館に伝播し、SNSで話題をさらうことになりました。日本は全国津々浦々にミュージアムがあるのですから、力を持ち寄ることができれば、大きなムーブメントを作ることも決して不可能ではないはずなのです。

弊社のクラウド型収蔵品管理システムのユーザ館は400館に達し、共有する展示ガイドアプリの導入事例も100館に及びます。時間はかかっていますが、こうして少しずつ基盤を整備するのは、「いつかユーザ館全体で協力し合える基盤としてお役立ていただけるような仕組みを整えたい」という断固としたコンセプトがあります。現状では夢物語ではありますが、各館が互いに「鑑賞者を育てる」ことは、十分に可能だと思います。何しろ、ミュージアム業界では同業者は味方であり、仲間なのですから。