代表ブログ

わせだマンのよりみち日記

2021.06.09

すべてのミュージアムは、必ず「一番」を所蔵している

#私的考察

銀行員になって2年目のこと。とある町工場がいつも有名メーカーから試作品づくりを任されていることに感心して、社長に受注の秘訣を訊いたことがあります。すると、こんな答が返ってきました。「大手さんも、図面までは作れるんや。けど、実際に手作業で試作品を作る技術も経験もない。こういうのは、ウチのような工場でしかできんのやで」

熟練の職人はコンマ数ミリの世界で勝負する…という話をよく耳にしますが、決して大げさな表現ではありません。このレベルの精度を保ちながら、手作業で金属を削る。小さな町工場の人のよい社長は、いかにも誇らしげにこう続けます。「しゃあないなあ、今回もウチで作ったるわ、と。そないなスタンスで請け負っとるんやで」。その工場は、毎年の社員旅行は家族同伴で海外に出かけるほどの好業績続き。担当エリアのこうした「強い中小」の生命力にふれるたびに、痛快に感じたものです。

大企業と中小企業とでは、戦い方が明確に異なります。経営者のバイブルとも呼ばれる「ランチェスター戦略」に倣えば、資本力を背景に大規模な営業活動や広告展開を行う大企業の方法論は第一法則、ニッチな市場・地域を狙って資本を集中させる中小企業スタイルが第二法則ということになりますが、件の町工場はまさに第二法則の典型。試作品の製作という小さな範囲に限っては、その町工場は大メーカーを支配しているという構図とさえ言えるかもしれません。

こうした中小企業の生存戦略は、小規模ミュージアムでも大いに参考になるはずです。なぜなら、地域特性や収集資料の傾向が各館で大きく異なるミュージアムは、それがそのまま独自の個性、即ち館の売り物と認識されることになるからです。このあたりの感覚は、自前のコンテンツを持たない公民館や音楽ホール、あるいは一部の郷土資料を除きコンテンツの根幹が全国共通の書籍である図書館よりも、むしろ独自の商品やサービスで生きる中小企業に近いのではないでしょうか。同じ公共施設でも、実は性質も役割も、そして抱える事情もまったく違うわけですね。

企業と同様に、ミュージアムの「守備範囲」は本当にさまざまです。ほとんど要人警護のような厳重な警備の中で世界遺産のごとき価値を持つ美術品を公開中の館があれば、下校時間になると地元の小学生たちが通学路のように駆け抜けていく館もあります。後者のようなミュージアムはレアながら地方に実在していて、子どもたちがその日の興味の赴くまま無料の常設展示コーナーに出入りし、時に職員を質問攻めにする風景が繰り広げられていました。ここまで来ると、地域の中での存在意義に疑問を投げる人もいないだろうな…と思わせる日常が、そこにあります。

この世界に入り、社会が丸ごとコロナ禍に陥るまでの約15年間、私は毎年200館ほどのミュージアムを訪問してきました。その大半、恐らく9割以上は、地方の中小規模館です。予算にしても人員にしても厳しい話題が続きますが、会議や打ち合わせの前後に隙間時間がある時は、その館の自慢の展示を拝見することにしています。なぜなら、どの館も必ず「これに関してはウチが一番」という資料・作品を所蔵しているから。特に派手な存在感はなくとも、思い入れたっぷりに地域の、館の、そしてご自身の「一番」を説明してくださる学芸員の表情を見るたびに、小さな町工場を訪ね歩いた日々を思い出します。

地方の小さなミュージアムが、地元で「ここがウチの守備範囲」と胸を張れるように。どうすればもっと力強くお手伝いできるのか、ああでもない、こうでもない…と頭を捻る毎日です。