No.19
2008.10.27
小麦工場を美術館に ~文化による地域再生~
街の古い建物を取り壊すのではなく、文化施設として生まれ変わらせることはできないだろうか。古い建物を改築し文化施設にした有名な例としては、鉄道の駅を改築して作られたフランスのオルセー美術館などがある。
このように古い建物を文化施設として活用している例は各地に存在する。イギリスのバルティック現代アートセンター(以下バルティック)も昔の小麦工場の建物を再生して作られた。バルティックはイングランド北部のタインアンドウェア県ゲーツヘッド市にあり、そこはかつて重工業で大いに栄えたイングランド北部最大の都市ニューカッスルに隣接している。現在、それらの都市の産業は諸外国との競争に敗れ、多くの工場が閉鎖されている。バルティックも第二次世界大戦以前に建てられ、当時としては最新の機械を取り入れた先進的な工場であったが、1981年に閉鎖された。工場閉鎖後、バルティックの建物は取り壊すことも検討されたが、街の華やかな時代を象徴するこの建物は1998年から工場の面影を残しつつ美術館へと改築された。その裏にはこの地域が文化都市として街を再生し、観光を新たな経済資源にしようとする目的がある。
バルティックは開館以来、多くの地元住民を呼び込み、現在は市民向けのイベントも多数開催していて、地域の文化施設として活用されている。さらにニューカッスルやゲーツヘッドは現代アートを中心とする文化都市としてのイメージを武器に、徐々に観光都市として生まれ変わろうとしている。現在バルティックが建っているキーサイドという地域には、音楽ホール、ミレニアムブリッジなどの文化施設、モニュメントが集まって、観光の中心地になっている。
このように文化政策の中心となり、内外で成功を収めつつあるバルティックの改築であるが、地元の専門家や博物館関係者は以下のような問題点を指摘している。ゲーツヘッドやニューカッスルは元々労働者の多く、彼らの多くは美術館や他の文化施設をあまり利用しないと言われている。バルティックを利用する市民だけでなく、利用しない潜在的な市民をどう街の文化政策に取り込むのか、バルティックの現在の課題はそこにある。
古い工場が新しい市民の憩いの場として、さらに街のシンボルとして再生されている。バルティックの事例は街の古い建物の価値とそれを利用した地域再生の可能性を伝えている。今後は政策として地域に導入されたバルティックの文化施設としての役割を、どう多くの地元住民と共有していくか、注目していきたい。
Museology-Lab.
奥本素子(総合研究大学院大学)
Museology-Lab.
今回執筆をお願いした北岡様が所属するMuseology-Lab.とは、博物館学を学ぶ若手研究者の自主的な研究会です。
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